氣よし鍼灸院の思うままブログ

大阪吹田市、御堂筋線江坂駅前徒歩2分。痛み・リウマチ、抗癌剤の副作用、突発性難聴、不妊を行う鍼灸院。氣よし鍼灸院のブログ

鍼灸業界に入り今年で29年ち、振り返ってみた。

今年で鍼灸業界に入って見習いも入れると29年経ちました。

鍼灸整骨院で見習いを4年6ヶ月、病院勤務が10年、鍼灸院を開業して14年。

色々ありました。

 

見習いを最初にスタートした京都の鍼灸整骨院では、最初の給料を投げつけられました。

原因はよく分かりません。

たぶん給料のことを聞いたのがダメだったかもしれません。

25日の給料日にスタッフはお給料を頂いているのに、ぼくだけ何もありませんでした。

忘れていると思ったので何も聞きませんでした。それから5日経過・・・

 

その月の最後の日、「ぼくは、お給料を頂けるのでしょうか?」と、聞くと、「君は1日に入ったから月の初めに渡そうとしていた」と、言われました。

ありがとうございます、と言ってその日は帰りました。

次の日の朝、いきなり「これしか渡せないからな、嫌なら他の院に行ってもええんやで!」と言って、怒りながら給料の封筒を投げつけてきました。

悔しかったですが「ありがとうございます」と、一言いって、朝の準備をはじめました。

この鍼灸整骨院を紹介していただいていた方がいました。

当時、鍼灸学校は全国で14校のみ。狭き門です。九州では学校はゼロでした。

そのため、普通に受験しても受かることは難しく、紹介、推薦してくれる人を探さなければ入学はできない状態でした。

普通に2回3回落ちている人なんかザラでした。

 

学校へ入学するために推薦書のようなものを書いてくれた方は、整骨院を多数経営されている方でした。

その方が最初の鍼灸整骨院を紹介してくれたのですが、面接の時に絶対に給料のことは聞くなと釘を刺されました。

そのため、最初の鍼灸整骨院の面接時h、こちらからは給料面の話は一切話さず。向こうも話さず。

そんなこともあって、給料を投げつけられたと思います。

何か思うところがあったのでしょう。

 

ここで6ヶ月働きましたが、院長との会話の記憶はないです。

2ヶ月経った頃から体が動けず、天井を3時間眺めている自分がヤバいと感じ、病院にいくと、うつとの診断でした。

メンタル的に限界だったのでやめました。

この先生、一切、顔を見ずに話をする人で最後まで人を見ず、どこかを見て話をする人でした。

 

次の見習いで働いた治療院は、友人の紹介で入ったスポーツ疾患を得意とした先生でした。

ちなみに、ぼくはスポーツにはまったく興味がない。

なんで働いたかは忘れました。

 

この先生とも、まともに会話したことはありません。少しイライラしながらテーピングなど教えてくれた記憶があります。理由は忘れましたがよく怒られました。

四国出身の先生ですがなぜか、標準語で怒ります。

「お前、何やってんだよー」「ちゃんと、やっとけよな!」

たぶん、ぼくに原因はあると思いますが、2年間、無遅刻無為欠勤で辞めました。

 

その後、天六鍼灸整骨院で2年間修行。

この先生とは色々話しましたし、相談もしました。

面倒見がすごくよい先生でした。

また、ここは大阪の下町だったので、いわゆる『大阪のおばちゃん』の患者さんも多かったのもよかったです。

月末になると、「あんた、ご飯食べていないやろ!!、お昼食べにおいで!!」と言って、患者さんの家で昼ご飯をいただき、晩ご飯のお弁当も持たせていただきました。

多くの患者さんから色々と食料をいただきました。本当に助けていただきました。

 

その後、縁あって、病院で働くことになり、ここは10年間お世話になりました。

病院勤務時代職場

神戸大学卒、京都大学大学院卒の秀才の院長。

こういうことを言うと怒られると思いますが、医者には珍しい人格者の先生でした。医者自身も「この業界、変わった人が多いですから」と、よく言うぐらいですから。

 

病院では自由に鍼灸をさせていただき、10年間でぼくが担当し鍼灸治療を行った延べ人数は少なく計算しても、2万5千人はいたと思います。もしかしたら3万にかもしれません。

昼の休憩時間は10分間だけで、朝の9時から夜の8時までずっと鍼灸治療をしていた時もよくありました。

円形脱毛症にもなりましたが、鍼灸治療が楽しく、自分のスキルもアップできるのが嬉しかったです。

 

今ならブラック企業といわれるかもしれませんが、ぼくの考えとしては、士業や専門職に働き始めて3年間は、がむしゃらに働くことが必要だと考えています。

そう、生き残れませんし、やっていけません。

あくまでも個人の考えですが。

 

ここで働いていなければ、鍼灸院を開業することはなかったと思います。

東洋医学・リハビリ科の主任にもなり、退職。

院長は病院の近所で独立すればいい、協力するとまで言っていただきましたが、ここ吹田市の江坂で開業しました。

 

そして、今年の11月で開業して15年になります。

 

最近、昔のことを色々思い出します。

50歳過ぎたので年のせいでしょうか?

 

20代の見習い時代の先が見えない不安感と恐怖しかありませんでした。

まったく光なんか見えません。

散々、周りから「鍼灸だけではやっていけないよ、柔整とらないと無理」だとか言われました。

あれから年月が過ぎて業界見ていると、柔整業界なんかもうどうしょうもない状態です。保険の不正で成り立っていた業界ですから。

これだけ学校が増えて、卒業生がバンバン保険を使えばチェックが厳しくなって当然。

25年前の時点で、今後厳しくなる、メリットはないという話はよく聞いた話です。

 

鍼灸だけでも、腐らずにやっていれば、何とか生き残ることができます。

先なんか分かりません。

ただ、自分は80歳までは鍼屋、鍼医者(昔の年寄りの患者さんがよく言っていた言葉)やっていたいですね。

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youtubeを9年ぶりに再開しました。

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病院勤務10年の鍼灸治療の経験